7月7日、日本スポーツ振興センター(JSC)の将来構想有識者会議が開かれ、新国立競技場はやはりイラク出身の建築家・ザハ・ハディド案のまま、総工費2520億円ということで了承された。
過去の五輪のメイン会場総工費は北京五輪が430億円、ロンドン五輪が650億円というから、いかに莫大な金額であるかがわかるだろう。
そもそも、この新国立競技場設計案募集時の計画予算は1300億円だった。ところが、ザハ案に決定した少し後に倍以上の3000億円がかかることが判明。世論の強い批判を受けて、2014年5月の段階で、1625億円まで圧縮することになっていた。それがいつのまにか再び増額されてしまったのである。
「異様なことがどんどん出てくる。公共事業の問題もあるし、政治家、官僚の問題もある」
こう語ったのは、新国立競技場計画について、かなり早い段階から警告を発してきた建築エコノミストの森山高至氏だ。
6月29日、森山氏が「都市とスタジアム」と題されたトークショーで編集者の佐山一郎氏と対談するというので駆けつけたのだが、そこで森山氏から新国立競技場についてのショッキングな実態が次々明かされた。その最大のものはやはり、工期が間に合いそうにないということだ。
「普通であったらもう間に合いません。なぜかと言うと、非常にオーソドックスな日産スタジアムで工事期間は3年9カ月でした。今から3年9カ月というのは2019年の2月、3月ということで、日産スタジアム(7万2千席)を今から作ると考えれば間に合うかもしれません。形状的には普通と言えば普通で、スタンドまで屋根がかかっている楕円形の建物ですが、それでもこの建物はプレキャストコンクリートといって、現場で打つコンクリートの量を減らして、なるべく工場生産の材料を繰り返し併用して使うことで工事の効率を図った建物でもある」
しかし、JSCは今回、ザハ氏の設計したデザイン案のままでいくことを決定した。ザハ氏の設計した新国立競技場は建物を支える2本の巨大流線型アーチ(キールアーチ)が最大の特徴で、これが相当な手間がかかる。森山氏が「FRIDAY」(講談社)で語ったところによると、「アーチの断片をどこかでつくり、それらを現地でつなげていくだけで1年はかかる」という。つまり、日産スタジアムと同じオーソドックスなものならギリギリ間に合うが、ザハ案ようなのトリッキーな設計のものは到底間に合いそうにないというのだ。
またキールアーチの構造上、現在の2520億円の予算がさらに増える可能性さえあるという。施工予定の竹中工務店と大成建設もすでに300O億円を超えると目算しているとの情報もある。
では、なぜ、こんな時間も手間もかかる設計案を継続することにしたのか。
森山氏は「実はザハ・ハディドさんはこの建物を完成まで持っていく責任は持っておりません」と驚愕の事実を披露した。
「新国立競技場コンペにおけるハディド氏の立場は、通常考えるような設計業務委託ではなく、デザイン監修業務と決められています。実はザハ・ハディドさんはこの建物を完成まで持っていく責任は持っておりません」
ザハは建築全体に責任があるのではなく、デザインの監修のみ。実際には各段階でこれに変更を加えることができるというのだ。たしかに、初期ザハ案で目を引いた、敷地を飛び出し高速道路にまでまたがるカブトガニの尻尾のようなデザインは、現行案ではいつのまにか“なかったこと”にされている。こうした修正の決定は誰が行うのか?
森山氏は、とりわけ、設計上の問題点として建築家などから批判が集中しているキールアーチについて、森喜朗などの政治家がまるで自分がデザイナーであるかのごとく固執していると批判する。
「キールアーチをやるかどうかって、本来は政治家が口を出すものではないんですよ。『スタジアムはちゃんと作ります。スタジアムは期限までに間に合わせます』と言うのならわかりますが、実際にキールアーチをどう設計するか考えるのは実施設計者ですからね。でも、(施工業者の)竹中工務店だって言っていない。大成建設だって言っていない。なのに、なぜか政治家の方が、まるでデザイナーであるかのように発言なさっていることにぜひ注目していただきたいと思っております」
確かに、現行案継続の背景には、東京五輪組織委員会会長であり、日本ラグビー協会の重鎮にして、五輪前年にあたる2019年のラグビーW杯日本招致を押し進めた森嘉朗元首相の強い意向がある。
「派手好きで目立ちたがり屋で知られる森さんですが、長年関わってきたラグビーのW杯を日本に招致すると同時に、その会場として巨大で斬新な新国立競技場建築を目論んでいた。しかし、ラグビーだけでは巨額の建築費を捻出できない。そのため、当初は渋っていた石原慎太郎(当時の東京都知事)さんを口説き、W杯と東京五輪をセットにした新国立競技場建設を目指したのです。そんな森さんからすると、東京五輪の目玉である新国立競技場の計画を大幅に見直ししたら、世界から笑い者になるということでしょう」(大手紙政治部記者)
目立ちたい元老政治家のパフォーマンスで、スポーツと税金が私物化されていく──。7月7日のJSCの将来構想有識者会議で森氏は、なんと「価格についてはここまで圧縮され、私は妥当だと思う」と発言したという。
さらに、今回、無責任ぶりを見せつけたのが、国際コンペで審査委員長を勤め、ザハ案を強力に推して採用した安藤忠雄氏だ。安藤氏はこの間、一切取材に応じず、7月7日の有識者会議にも欠席してしまった。
そして、この安藤氏の逃走によって、ますます森首相の発言力が増し、事実上のデザイナー状態にますます拍車がかかっている。
なんともバカバカしい事態だが、こうなれば建設が間に合わず、世界から笑い者にされた方が、将来の日本のためだとさえ思えてくる。そして森山は、こうした事態の裏にある情報戦を指摘、それも含めて騒動を楽しもうと主張した。
「この問題は、みなさん注視していただければわかるんですけど、僕は“メディア戦”と呼んでいます。情報が弾のように飛び交って、様々な陣営から色んな情報を出る。それを世論がどう反応するかを窺っている人間がいる。そういった形で報道が繰り返されています。
だからニュースがコロコロ変わる。こうした情報を誰がどういう目的で発信してるのかというところまで踏み込んで考えていただくと、もっと面白いと思います。現在起きている事のおかしさを、みんながわかって面白がる。(しかめっ面で反対運動に徹するよりも)そのことの方が大事だと思ってます」
だからニュースがコロコロ変わる。こうした情報を誰がどういう目的で発信してるのかというところまで踏み込んで考えていただくと、もっと面白いと思います。現在起きている事のおかしさを、みんながわかって面白がる。(しかめっ面で反対運動に徹するよりも)そのことの方が大事だと思ってます」
世界に恥をかくのは、いったい誰と誰なのか。五輪までの楽しみとしてその経緯を見守りたい。