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もともと僕は認知心理学の研究者と、「なぜ俳優はあんなに複雑な動きと台詞をいっぺんに覚えて毎回同じようにできるのか」とか、「うまい俳優というはどういう要素なのか」ということを研究していました。例えば、ここにあるペットボトルを取るとき、人間ならガシッとつかむということはまずないですよね。認知心理学の有名な実験で、人間がものを取る時には、全体を把握してから取るとか、何か他のものを触ってから取るとか、4つくらいのマイクロスリップという無駄な動きが入るということがわかっていました。だけど、俳優も人の子だから、緊張するとマイクロスリップがすごく多くなるか、あるいはきちんとつかもうとしてマイクロスリップが極端に多くなったりしてしまいます。そしてもう一つ、俳優のかわいそうなところは、稽古をすればするほどマイクロスリップが減って、確かにうまく取れるようになる。でも、それはいわゆる自然な動きというのとは違うんですよね。ところが世の中には天才というのがいて、何度やってもマイクロスリップが、きちんとほどよく入る人がいる。こういうのを「うまい俳優」と言うのだろうなということはわかっていました。
大阪大学で現在の僕のパートナーの石黒浩先生(※1)の課題は、「ロボットがどのように人間社会に入って行くか」ということです。モノをガシッとつかむような動きは不自然だから、子どもやお年寄りは怖がりますよね。でも工学研究者は、本能的にガシッとつかみたい。強すぎず緩すぎず、きちんとつかむということは彼らにとっては、非常に重要な課題だったのです。それが2000年前後には、すでにロボットがいろいろなものをつかむこと自体は、そうとうできるようになってきていたので、次はより人間の動きに近づけるために「無駄な動き」を入れなければいけないということまではわかっていた。そこで認知心理学や言語学などの力も借りて、無駄な動きや発話を入れようということになりました。ところが、心理学や言語学というのは、基本的に統計を取る学問です。だから、ランダムな数値が出てきても、統計では平均値に埋もれてしまうから、なかなかうまくいかないのです。だからと言って適当に入れたら、滅茶苦茶なロボットになってしまう。
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