本稿のポイント 1.見過ごされた患者―途上国レベルのPCR検査体制がもたらしたもの 2.ロシアンルーレット状態に陥った日本

本稿のポイント
1.見過ごされた患者―途上国レベルのPCR検査体制がもたらしたもの
2.ロシアンルーレット状態に陥った日本
1.見過ごされた患者―途上国レベルのPCR検査体制がもたらしたもの
 前回は、途上国レベルの日本のPCR実施件数が、日本に対する国際的な信用を揺るがしていることを示した 1)。今回は、この日本のPCR検査の不十分な体制が、東京、大阪をはじめ大都市圏で進む患者数の増加とどのように関連していると考えられるか、データの分析を交えてお伝えする。
 表1は、JOHNS HOPKINS大学が日々更新しているCOVID-19に関する4月11日時点のデータに基づき 2)、著者らが作成した。前回も触れた通り、日本のPCR検査陽性患者数は、4月11日時点で、集計対象の120の国と地域の中で30位であり、死亡割合(PCR陽性患者数に占める死亡者の数)も、1.60%で台湾などと並んで90位と健闘しているように見える。
 しかしながら、「新型コロナウイルスを検出できる唯一の検査法 3)」であるPCR検査件数が途上国レベルの水準である以上、PCR陽性患者や死亡者の数が、実相を反映しているかは甚だ疑問である。まずはこの点を検証したい。
 表1に、医療の質指標であるHealthcare Access and Quality (HAQ) Index [0-100] 4)が日本と近く、かつ、死亡割合が日本より低い5カ国を示す。日本のHAQ Indexは89であり、オーストラリアは88、イスラエルとシンガポールとニュージーランドは86、カタールは85であり、いずれの国も医療の質評価で日本と同水準にある。これら5カ国の死亡割合は0.3-0.9%であり、日本の半分程度かそれ以下にとどまっている。
 一方、Oxford大学が日々更新しているOur World in Data 5)のデータに基づき、人口1000人当たりのPCR累積検査数を比較すると、オーストラリアは、データが得られた4月12日時点で日本の22.8倍、イスラエルは、4月10日時点で31.3倍、シンガポールは、4月7日時点で28.0倍、ニュージーランドは、4月11日時点で21.3倍と、日本の21.3-31.3倍という圧倒的に多いPCR検査の結果に基づいた死亡割合であることが分かる。なお、カタールのデータは得られなかった。
 ここまで見てくると一つの結論が導かれる。すなわち、途上国レベルの日本のPCR実施件数によって、死亡割合の母数であるPCR陽性患者数が、実数よりも少なく見積もられている可能性が極めて高いことである。仮に、死亡割合が医療の質評価で水準を同じくするこれら5カ国と同程度であったと仮定すると、最も低いカタールの0.2%を基準とした場合、4月11日時点の日本のPCR陽性患者数(推定)は4万9500人、最も高いイスラエル、オーストラリアの0.9%を基準としても、1万1000人がPCR陽性患者であったと推定される。従って、少なくとも約5000人、多ければ約4万3000人が途上国レベルの日本のPCR実施件数によって見過ごされてきた可能性が強く示唆される。
2.ロシアンルーレット状態に陥った日本
 この見解を裏付ける情報も明らかになってきた。NHKが4月15日に放映した「クローズアップ現代+」の中で、慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室の宮田裕章教授らが全国の約2500万人を対象に3月31日から4月1日の間に行ったLINEを用いたビックデータの調査結果が報道された 6)。それによると、全国で約2万7000人が、37.5℃以上の発熱が4日間以上続いていたと回答していたことが明らかになった(『「3密」回避困難な職業、「37.5度以上、4日以上」の割合高く』を参照)。もちろん全ての発熱者がCOVID-19ということはあり得ないが、我々が主張する見過ごされた患者数の約5000人から4万3000人の平均値2万4000人に極めて近い数字であり、低いPCR検査件数により見過ごされてしまった患者の存在を示唆しているデータの一つと考えられる。NHKの報道の中では、発熱者数の増加とPCR検査陽性者数の増加に相関が見られたことも明らかにされており、発熱者の中に相当数のCOVID-19感染者が潜在していることが推測される。
 これらに加えて、以上の検討からは、次の結論も導かれる。すなわち、PCR陽性患者が見過ごされているとすれば、死亡者数も同様にCOVID-19患者の見過ごしが一定数存在するのが理に適うということである。そうだとすると、報告されている死亡者数は、実数よりも低値と見られる。
 これに関連する興味深い事象がある。国立感染症研究所が公表しているインフルエンザ関連死亡迅速把握システムによるインフルエンザ・肺炎死亡報告の結果 7)である。調査対象の21大都市の中で、他の大都市のトレンドと異なり、東京で2020年の8週、9週で閾値を超える超過死亡が生じたと報告された。超過死亡は、「インフルエンザが流行したことによって、インフルエンザ・肺炎死亡がどの程度増加したかを示す推定値」である 8)。あくまでも推定値であるので、死亡者数の実数が直ちに増加したことを意味しないが、この超過死亡が生じた2月下旬から3月上旬の東京都の定点当たりのインフルエンザ患者の報告数は、3.58、2.33と低下傾向であった 9)。COVID-19の東京都のPCR陽性患者数は、3月1日時点で39人であり、新規患者数の報告も0~3人とまだ少数にとどまっていたが、既にこの頃から、インフルエンザの超過死亡に含まれた見過ごされたCOVID-19患者の死亡が含まれている可能性が十分に考えられる。こうしてCOVID-19患者の死亡者数が上積みされると仮定すると、死亡者数から推定されるCOVID-19の潜在患者数はさらに増えることとなる。
 日本のPCR検査の不十分な体制により、PCR陽性患者数や死亡者数に現れない潜在患者が相当数に上った可能性をデータに基づき示した。東京では、永寿総合病院 10)や慶応義塾大学病院 11)、東京慈恵会医科大学病院 12)、中野江古田病院 13)、ついには第1種感染症指定医療機関である都立墨東病院 14)にまで院内感染が拡大した。これは東京に限ったことではなく、途上国レベルのPCR検査体制がもたらした全国に波及しうる問題であり、日本全国の病院にとって、現状は既にロシアンルーレットにも似た状況にあることを示している。日本の医療機関は、患者の殺到以前に、院内感染拡大による内部からの医療崩壊の危機に瀕している。有効な打開策の一つは、医療機関の水際でのPCR検査の大幅な拡充であり、一刻も早く過ちを正すことが求められている。