WHOの進藤奈邦子氏の講演概要2月14日

WHOの進藤奈邦子氏の講演概要2月14日
 WHOの今の方針だが、まだ私たちは、「containment for elimination」、根絶を目指したオペレーションモードにある。実は非常に日本のことを心配していて、中国の中では、既に症例数が減りつつある。それ以外の国からも症例の報告数のペースは遅くなってきている。世界中が終息と根絶に向けて、引き続き努力を続けている中で、昨日(2月13日)、私は昼頃に日本に着いたが、それからたくさんのニュースを耳にし、とても今、心配している。
 世界の国は比較的静かな状況になってきており、世界中の注目が今、日本に集まってきている。これから「東京2020」に向けて、国際的に非常に注目度が高くなってくるところなので、ここで日本の力を終結して、終息の方向に向けられるように、諦めずに頑張っていただきたい。
 国立感染症研究所で新型コロナウイルスは分離されているので、いろいろな研究をすることができる。現在進行形で患者がいるので、いろいろなサイエンティフィックデータが取れてくる。医療従事者は、もちろん患者さんを中心に医療をしていただくが、アカデミアの方と協力して、ぜひいいデータを日本から出していただきたい。
 「中国、安心して見ていられる状況」
 それでは、今、WHOで何をやっているのか、どんなことが分かってきているのかについてお話しする。SARSの時と本当に違うのは、スピードだ。SARS以降、WHOは中国に入り、いろいろな努力をしてきた。既に2013年、鳥インフルエンザH7H9が流行した時に、私も入っているが、その時点で(SARSが流行した)2003年の時とは雲泥の差だった。
 それから7年間が経ち、ほぼ中国はこの分野、特に人獣共通感染症および新興感染症としてのウイルスによる呼吸器感染症については、世界トップレベルまで来ていると思う。中国の対応について疑問を持たれているかもしれないが、中国の研究者や医療従事者と一緒にやってきた者にとってはかなり自信を持って安心して見ていられる状況だと思っている。
 今回一番先にアラートを出したのは、武漢市の臨床のグループ。すぐにそれを追うように、中国の政府からWHOに報告があった。大晦日のことだ。その日のうちに、WHOでは緊急対策本部を立ち上げ、元旦から作業をやっている。情報が集まるのがすごく早く、ウイルスが同定されるのもすごく早かった。SARSの時は5カ月くらいかかったが、数週間のうちに全てが報告されてきた。
 私たちとして一番うれしかったのは、中国の情報提供の早さだけでなく、サイエンティフィック・コミュニティーのオープンネス。つまり、科学者の方々が、どんどん情報を提供してくれたことだ。これが2003年のSARSの時の苦しみとは大きく違う。
 ただし、残念なのは、このウイルスは非常に感染性が高く、SARSとはかなり違う様相を呈していること。クラスターが見付かったのが、12月の末。その後、非常に早いテンポで世界に広がっている。ちょうど春節と重なり、かなりたくさんの中国の方が病気とともに、海を渡ってしまった。国際的に行き来する時代の疾病の広がり方の早さを見せつけられた。
 「武漢の閉鎖の効果は2月末くらいまで」
 WHOのWebサイトでは、毎日「Situation reports」を出している。毎朝9時に、オーバーナイトで集めた情報を集計して掲載している。中国、世界中でいったいどのくらいの患者が出ているのか、この集計をするのがWHOの力であり、世界の数はこちらで見ていただければと思う。またアカデミックのために、前の日にパブリッシュされた文献を全て掲載しており、最終情報を読み取れるようになっている。
 昨日(13日)の「Situation reports」のハイライトだが、日本を除いては、(中国以外は)他のどこの国も、新規患者を過去24時間報告しなかった。今日の「Situation reports」には、ほぼ日本の情報だけが載る予定。世界的にはこうした状況。モデリングの世界的なネットワークを持っており、この先、どうなるかモデリングを日々やっている。武漢を閉鎖してから、海外への輸出例はがたんと減った。この効果は、恐らく2月の末くらいまでしかもたないだろう。その後、武漢、あるいは湖北省以外でどれだけ感染者を抑えられるかにかかっている。
 次のハイライトだが、WHOでは、さまざまなデータベースを立ち上げている。2020年から2025年までのWHOの大きなテーマが、データーシェアリング。そのための共通のプラッフォームを立ち上げている。さまざまなプラットフォームをぜひ世界中の方に使っていただきたい。リアルタイムでデータをいただきたい。その中には、臨床の報告データも入っており、個人で入れることもできる。もちろん中国ではたくさんの臨床研究、およびその他の研究が行われているが、それ以外の国では、N数が少ないので、それを全て集めて世界中の数で勝負しようということ。
 2月11、12日には、WHOに世界中の約300人のトップサイエンティストを集めて、リサーチアジェンダ、これから先、新しいウイルスをどのように研究し、地球の平和、そして健康を守るかというディスカッションをした。その結果も、WHOのWebサイトに載っている。どんな研究をすれば、これから先、公衆衛生学的に貢献できるか、ディスカッションした。
 もう一つ、大きなニュースが昨日あった。中国は、武漢および湖北省から新たに1万4840症例を報告した。今までは、擬似患者と確定診断患者を発表していた。中国CDCのWebサイトでは3000~5000の新規の診断がついて、患者数が増えていたが、これはPCRポジティブが確定患者だった。戦略を変更し、新しく報告されたのは臨床診断によって確定された患者だ。患者数がどかんと増えたのではない。実は逆で、今までペンディングだった患者を再評価して、報告されるようになった。中国CDCのWebサイトはこの数が足されている。
 「武漢、ようやくトンネルの先に光が見えてきた」
 中国の成長を見せつける、一つのデモンストレーションがある。新型コロナウイルスのダッシュボードだ。私たちが使っている世界中のプラットフォームとほぼ同じものを使っていて、これが毎日更新され、疾病の動きが分かりやすい。
 擬似患者数も、確定診断数も減少傾向にある。私たちには臨床医をつなぐネットワークがあり、そのうち何人かが武漢に入っている。武漢から直接週に2回くらい電話会議で報告をもらっているが、2週間くらい前から、「ようやくトンネルの先に光が見えてきた。新しい病院を開いて、ほぼヘルスシステムに対するプレッシャーは取れつつある。『たぶん僕たちは、非常に近い将来、この病気をコントロールすることができるだろう』という明るい報告をもらった。とても希望をいただき、うれしかった。
 武漢には2万人くらいの医療者が中国全土から集まって、診療にあたっている。新しい病院もできて、ようやく全ての手当ての必要な患者が病棟に入って、落ち着きつつある。
 他の都市ではまだ患者数が増えている。特に上海では、一昨日報告をもらったが、約300人の患者がおり、患者が増えてくると、重症者も増えている。武漢で減ってきていることは大きなニュースであり、「武漢でできることは他の省でもできる」と自信をもって回答してもらっている。
 時差はあるが、中国CDCによる直近の疫学曲線は、(1月)27日発表で、明らかに患者が減ってきている。レポーティング・ディレイはあるが、どんどん増えていく状況ではなさそうだ、ということが分かる。中国ではどんどん診断基準を変えていて、最初は肺炎ベースのサーベイランスなので、肺炎の方がほとんどだったが、接触者を含めるようになってから、肺炎ではない、より軽症の患者も含まれるようになった。より捕捉している症例のバラエティーは広がってきているが、それを加えても症例数が減っていてので、明るいニュースだと思う。
 「新型コロナウイルス、季節性インフルより感染性高い」
 どんどん新しい論文が発表されており、WHOのモデリングと疫学のグループが集計している。直近の集計結果では、潜伏期間は約5日、最初の患者が発生して次の患者が発生するまでの期間は7.5日。これは季節性のインフルエンザよりも長い。インフルエンザでは家族内で、3、4日。
 最新のモデリングを使った致死率は、臨床症状を呈している患者の場合は約1%、0.25~4.0%くらいの間。今報告されている確定者だけで見ても、4%を切りつつあるので、もっと低いだろう。Infection fatality rateは、人口1000人当たり3.3くらいという数値が今の段階で出ている。
 WHOなので、国際保健規則に基づき、国際交通などのことを考えていかなければいけないが、見付からずに、どこかで消えてしまう患者が半分くらいいるのではないか。我々が今、捕捉しているのは、恐らく半分くらいではないか。
 Reproduction number、一人の患者から何人くらいの患者が出るかという数値で、いくつかの論文が出ているが、だいたい2よりは上だろう。これは1.4、高くても1.6の季節性のインフルエンザよりも高い。新型コロナウイルスはかなり感染性が高いことは分かる。
 「ヒト-ヒト感染で広がり」
 ウイルスを分離、あるいはシークエンスしたところが、情報を上げてくれる。ウイルスの進化(evolution)が分かる。ヒトに感染する普通の風邪のコロナウイルスと比べると、SARSに近いが、十分に違うウイルスと言っていいくらい違うだろう。一番近いのが、コウモリのβコロナウイルスだと分かっているが、まだコウモリとヒトの間の宿主については、最終的な結論は出ていない。
 初期の頃の遺伝子シークエンスのデータを見ると、3、4例くらいのイントロダクションがあったのだと言われている。その人たちからこれだけ広がっているので、すごく大きな広がりだったと思う。現時点で81のシークエンスデータが上がっているが、(2019年)12月以降は、ほぼ「ヒト-ヒト感染」だけで広がっていることが、遺伝子解析によって分かっている。最初は「こぼれた感染」、つまり動物から感染したが、その後は、ほぼ「ヒト-ヒト感染」でこれだけ広がっているので、持続的な「こぼれた感染」は、起きていないと考えている。
 「ヒト-ヒト感染」については、世界中からさまざまな情報がWHOに寄せられている。最近では、韓国では、中国人の友人とランチを1時間ほど一緒にした人が感染した。その方が教会で、賛美歌を歌っていた時に、2列前の方にうつってしまっている。
 普通の風邪症状で重症にならないような方は、発症日にかなり高いウイルス量をもっていて、それから3、4日後くらいが、排菌のピークではないか。重症の患者についてはもう少しデータを待たなくてはいけない。
 中国で現在使用されている退院の基準は、臨床的な症状が解決され、咽頭スワブを用いたPCR検査で3日間以内に2回陰性が出れば、退院というもの。退院させた後、これらの患者からの感染者は出ていないので、たぶんこの基準を使っていい。
 ただ上海の医師が、11人退院させた中で、咽頭からウイルスが検出されなかったものの、便を用いたらPCR検査でポジティブになった人がいる。ここからウイルスが分離できるかどうかを見てもらっているが、これはちょっと心配。
 今オープンになっている中では1999例の大きな分析がある。そこでも便でのPCR検査で反応が出ている。いわゆる糞口感染が、どれだけ感染拡大に関与しているかを見ていかなければならない。SARSでは、糞口感染があり、便の中にウイルスがたくさん出ているが、感染の疫学的パターンから見ると、今回はそれほど心配しなくてよさそう、という気がしている。
 「感染者の41%が院内感染」という報告も
 (2020年2月7日オンライン版の)JAMAの論文で一番ショッキングだったのは、患者138人のうち、41%が院内感染だったこと。昨日(2月13日)、和歌山の外科医が感染したと聞いて心配だが、この季節はインフルエンザが流行しているので、外来や救急ではインフルエンザ対策として、咳エチケット、飛沫感染の防御などに注意を払っていると思う。病院は、入口から感染制御が始まっている。入口からトリアージしたり、あるいは患者のフローを分けなければいけない。今は日本がとても心配な状況になっているので、ぜひ院内の患者や医療従事者を守ることができているか、再点検をしてもらいたい。
 ただ、中国の患者の全体数から見ると、医療従事者の感染は2%程度。これが市中感染なのか、院内感染かの議論をしなければいけないが、中国は鳥インフルエンザとSARSで、院内感染対策が強くなった。武漢に入った医療従事者の中で、14人の集団感染が出たこともあるが、休息室で話している時に感染したらしい。そうした際にも、感染制御には気を付けてもらいたい。
 WHOでは、医療従事者以外、患者の診療に当たる人以外は、マスクをすることを勧めてはいない。マスク世界中で不足しているので、マスクは症状がある人だけにしてもらいたい。マスクを着けるのであれば、汚れているのはマスクの表面なので、マスクを取る時に気を付けてもらい、マスクを取ったらきちんと捨てて、手指消毒を行うということまで、指導してもらいたい。
 最後にもう1回、世界中が今、心配しているのは、日本。中国はちゃんとやってくれると思う。ぜひ日本に踏ん張っていただきたい。これから世界中から専門家が集まってくる。クルーズ船の問題が、重大事案になっている。日々患者が増えている。また船の中の方の人権問題もあり、世界の注目度は高い。船の中は、一つの閉じ込められたグループなので、疫学的に言えば“宝の山”であり、いろいろなことがクルーズ船の研究から分かってくる。一番は、人々が人権を保護されて、快適に過ごせるかが大事だが、ぜひこの機会に研究もしていただきたい。
 それからアウトブレイク、これは終息させることが一番大事だが、起きる前にきちんと準備をしておき、起きた後に対策と一緒に研究を行う。これをWHOは目指している。(エボラ熱の流行が続く)非常に状況が難しいコンゴでも、これをやっている。ワクチンの臨床試験もやり、治療薬の治験もやった。これを日本ができないはずはない。この機会に日本でいいデータを出して、世界に提供していただきたい。
 インフルエンザ対策では日本は、2009年のパンデミックの際に、最も人が死亡しなかった先進国。ぜひその経験を生かして、いい評判を崩さないように、今、踏ん張っていただきたい。