小児性愛 富豪たちの連鎖

こういう記事をどう考えたら良いのだろうかと
小児性愛
富豪たちの連鎖
人間における奥深いもの
ーーーーー
なぜ米国はMITメディアラボ・伊藤穣一氏だけ責めるのか
池松 由香
ニューヨーク支局長
2019年9月13日
 2019年9月7日、日本人にとってショッキングなニュースが米国で流れた。マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授で、傘下の著名研究所であるメディアラボの所長を務めていた伊藤穣一氏の辞任である。少女への性的虐待などで逮捕され、拘置所内で自殺した米富豪のジェフリー・エプスタイン氏から資金を受け取っていたことを認め、その責任を取った。
辞意を表明したMITメディアラボ所長の伊藤穣一氏
 このニュースを聞いて、「なぜ伊藤氏だけが責任を取るのか?」と疑問に感じた人も多いのではないか。というのも、エプスタイン氏から資金を受け取っていた大学や研究者は伊藤氏だけではないからだ。
 ではなぜ伊藤氏だけが問題視されるのか。日本では、エプスタイン氏の事件に関する報道が米国に比べて少ないため分かりにくいが、米国での報道を順に追っていくとその理由が見えてくる。
「辞めないで」の署名が集まった8月
 米国内でエプスタイン氏への注目が一気に集まったのは、同氏がニューヨーク南地区の連邦地検に起訴された今年7月だ。8月10日に同氏が拘置所内で自殺すると、報道は一気に過熱。そんな中で出てきたのがエプスタイン氏から寄付を受け取っていた大学や科学者たちのリストだった(バズフィードの関連記事)。
 8月15日、伊藤氏は謝罪文をMITのホームページに掲載。13年からエプスタイン氏と交友があり、メディアラボだけでなく自身の投資ファンドにも資金提供を受けていたことや、複数ある同氏の邸宅にも訪問したことがある事実を認めた。そのうえで、「彼がしてきたひどい行為に関係したことも、彼がそれについて話すのを聞いたことも、また行為の痕跡を見たことも決してない」と釈明した。
 大学の資金集めは世界トップクラスの研究機関といえども厳しい。伊藤氏は、未来を変えうる技術の発展に貢献する研究者たちを支えようと資金繰りに奔走してきた。そんな姿を傍らで見てきたMITの教授や知人たちは、伊藤氏のために立ち上がった。「辞めないで」と訴える専用サイトを立ち上げ、請願書に250人を超える署名を集めたのだ。
 ところが9月6日、状況が一変する。伊藤氏に関する新しい事実を示した記事が雑誌ニューヨーカー(電子版)に掲載されたからだ。
内部告発で明るみに出た隠蔽
 記事を書いたのは、ピュリツァー賞の受賞歴もある同誌契約記者のローナン・ファロー氏だ。そこには、メディアラボの職員たちが、エプスタイン氏がどのような人物かを認識したうえで、伊藤氏と別のメディアラボ幹部、ピーター・コーエン氏の指示のもと、エプスタイン氏の名が表に出ないように必死に隠していた事実が、実際の電子メールの画像とともに生々しく記されていた。
 メディアラボには、伊藤氏とエプスタイン氏のつながりを不快に感じていた人もいた。14年に同研究所の寄付金を扱う部門で働いていたシグネ・スウェンソン氏は、エプスタイン氏が少女に対して性的虐待をしていた事実を知っていた。エプスタイン氏は08年にも、フロリダ州で少女への性的虐待と人身売買の容疑で起訴され、13カ月の実刑判決を受けていたからだ。MITでエプスタイン氏は、寄付者として「不適格者」と登録されていた。
 記事の中でスウェンソン氏はこう証言している。「(エプスタイン氏が)小児性愛者であることは知っていたので、コーエン氏にそう伝えた。彼と関係を続けるのが良いとは思えないとも」。だが、その後も伊藤氏やコーエン氏とエプスタイン氏の関係は続いたという。スウェンソン氏は16年に辞職した。
 なお、08年当時、エプスタイン氏の罪に対して禁錮13カ月は軽すぎるとして米国で話題になった。彼を検挙したアレクサンダー・アコスタ州検事(当時)がエプスタイン氏の弁護士と協議し、減刑に応じた。アコスタ氏は後に、トランプ政権の労働長官に就任している(その後に辞任)。ドナルド・トランプ大統領はエプスタイン氏と過去に友人関係にあったことで知られている。
エプスタイン氏に「ヴォルデモート」のあだ名
 記事を読んだ伊藤氏の支援者たちの中には、怒りの声を上げる人も出てきた。グーグルとフェイスブックの元幹部で現在はMIT教授のメアリー・ルー・ジェプセン氏は、請願書に署名した一人。ところが9月7日付の自身の記事では、立場は正反対になっていた。「伊藤氏は私やMITを含むたくさんの人たちにウソをついていた。(中略)MITのルールも守れないなんて。彼を信じた私は間違いだった」と嘆いた。
 特に支援者たちを不快にさせたのは、メディアラボの職員たちの間でエプスタイン氏が、『ハリー・ポッター』シリーズに出てくる悪役「ヴォルデモート」または「名前を言ってはいけないあの人」と呼ばれていたことだった。
 技術系メディア編集者のカラ・スウィッシャー氏は、地元紙ニューヨーク・タイムズのオピニオン欄にこんな意見を投稿した。「MITメディアラボと伊藤氏を取り巻く数々の気分が悪くなるような詳細の中で最もひどいことは、小児性愛者のあだ名に子供向けの小説に出てくる登場人物の名を付けていたことだろう」
被害者を加害者にする手口
 エプスタイン氏が虐待した女性たちが今になって声を上げ始めたことも、伊藤氏の状況をさらに悪くしている(08年の摘発前から事件を追っていたフロリダ州の地元紙マイアミ・ヘラルドの動画)。
 被害者の女性の多くは14~16歳くらいの時に「マッサージをしたらお金を払う」と勧誘され、ニューヨークやフロリダなどにあるエプスタイン氏の邸宅や同氏が所有する飛行機の中で性行為を強制された。特に飛行機の中では、エプスタイン氏の数々の著名な知人たちのために強要されることもあったという。米メディアの報道では、その著名人としてビル・クリントン氏や英国のアンドルー王子の名が挙がっている。
 勧誘されたのは、親がドラッグ中毒者など家庭環境に問題を抱える子たちばかりだ。行為の後、200ドルが手渡される。10代にとっては大金だ。少女の勧誘やエプスタイン氏の指示に従うための教育・管理は、エプスタイン氏の知人女性が担当していた。
 中には近隣のショッピングセンターなどでほかの少女を勧誘してくるよう指示された被害女性もいた。その一人は「なぜ自分と同じ立場にほかの子も追いやってしまったのか。今でも罪悪感にさいなまれ続けている」と告白している。
 もちろん、こうした数々の事件を起こしたのはエプスタイン氏で、伊藤氏には関係がない。だが、伊藤氏がメディアラボでエプスタイン氏の存在を隠し続けたことで、前出のスウェンソン氏のように全く関係のない人たちを巻き込んでしまった。
 スウェンソン氏はニューヨーカーの記事の中で、記事が出る前に伊藤氏やMIT関係者がエプスタイン氏との関係を隠そうとしてウソをついているのを見聞きするたび、罪悪感にさいなまれていたと語っている。「私も14年当時、(メディアラボと)エプスタイン氏との関係を隠そうとした関係者の一人ですから」。伊藤氏とMITメディアラボを巡る醜聞は簡単に収まりそうにない。