海外で暮らす子どもの発達をリモートで支える人

“海外で暮らす子どもの発達をリモートで支える人がいる
2019.08.13
鈴木です。7歳の長男(ポコ)と夫(おとっつあん)と一緒にベトナム北部ハノイで暮らしながら新聞記者をしています。今回は障害をもつ子どもを海外で育てる人たちを、バンコクから応援する女性のお話です。
最近、「リモートワーク」という言葉をよく聞く。職場から離れたところにいながら、パソコンなどを使って連携をとりつつ仕事をすることをいうようだ。インターネットの時代、ベトナムで家族と暮らす私のように海外で生活する人たちが、離れた場所からの「リモート支援」で助けられる例も、いろいろとあるのかもしれない。タイの首都バンコクに住む日本人女性に会って、そんなことを考えた。
その女性はトレハン恭子さん。日本の大学で特別支援、大学院で心理学を学び、都内のインターナショナルスクールで特別支援教員を務めた経験があるほか、保育士や支援教育専門士、家族療法カウンセラーの資格をもっている。英国出身の夫と子どもと一緒に、4年前からバンコクで暮らしている。多くの日本人が住むバンコクで、子どもの発達について情報を交換する会合に参加し、涙を流しながら悩みを話す家族の姿を見て、「何か力になれないだろうか」と思うようになった。昨年9月、「クリスタルチルドレン」という名称でウェブサイトを立ち上げ、メールやチャットで子どもの発達の悩みをもつ家族の無料相談にのっている。
この1年弱で、計37の家族や教職員の相談にのってきた。驚くのは、それがタイ国内に住む日本人からの相談だけではないことだ。フランス、米国、フィリピン、マレーシア、ベトナム、ロシア、メキシコ、インドネシア、ミャンマーの計10カ国におよぶ。
例えばカウンセラー文化が根付いているはずの米国からも相談の連絡はある。なぜわざわざタイまで?と不思議に思うが、「カウンセラーとの面会が2、3カ月待ちということもよくあるそうで、ちゅうちょすることなく連絡をしてくれた」という。カウンセラーがいる日本人学校や、通級クラスがある国に住む保護者からも、「相談しても『発達段階では多かれ少なかれこういうことはありますよ』と言われ、具体的にどうしたらいいのかわからない」などと相談を受けることもあるという。
トレハンさんは、「カウンセラーさんも1人で何百何千のお子さんをみるのは困難ですよね」という。学校に障害のある子どもを支援するしくみがあったとしても、必ずしもそれで完璧というわけではない。
週に4件ほど相談が入る。1回、2時間ほどやりとりをして終わることもあれば、何回かにわたって助言をすることもある。
ある時、「子どもがお友だちをたたいてしまうことがたびたびあり、幼稚園を退園してほしいといわれた。どうすればよいでしょうか」という相談を受けた。トレハンさんは、連絡をくれた母親と父親にメールなどで連絡をとり、それぞれから話を聞くようにしている。家族の状況や、子どもの様子について情報を集め、次に、学校側とも連絡をとり、相談の対象となった子どもをめぐる状況について話を聞く。「学校側が困っている度合いと、ご家族の認識がずれていることも多くあります」とトレハンさん。その後、保護者に学校に行ってもらい、子どもがお友だちをたたいてしまう前後にどんなことが起きているのか、教室で状況を把握してもらうこともある。報告にもとづいてトレハンさんが行動を分析し、さらに具体的な指示を送る。
問題行動がなかったとき、「お子さんをほめてあげてくださいね」というと、「えっ?」と驚く家族も多いという。「ほめ方がわからない」という人には、ほめ方のこつも教えている。問題が起きたときは、「ソーシャルストーリー」をつくってもらい、子どもとやりとりをするよう勧めることもある。「ソーシャルストーリー」とは、問題が起きた場面をイラストに落とし込んだもの。イラストを見ながら、「この子はだれ?」「たたいたら、お友だちはどんな気持ちかな?」「たたくのではなくて、声をかけようね」などと話をし、何がいけないことなのかをわかりやすく伝えていく道具だ。「4コマ漫画のようなものです。うまく描けなければ、ネットでフリー画像を探して使ってもいいんですよ」
トレハンさんは、「学校だけで、特別な配慮のいるお子さんに対応するのは難しい」と考えている。実はトレハンさん自身も、2001年~04年にメキシコの日本人学校幼稚部に勤めたことがある。クラスには自閉症の子どもがいたが、トレハンさんを含め、当時の学校には特別支援の知識をもった保育士や教員がいなかった。担任になったものの、こちらで泣いたかと思うと、あっちの子どもが騒ぐ教室で、支援が必要な子にじっくり寄り添うこともできなかった。自分に特別支援の知識があったら……。その重要性を痛感したことが、日本の大学に戻って、特別支援を学び直したきっかけだった。
だからこそ、学校の外にいる自分たちにもっと頼ってほしい。海外子女教育振興財団が1月に発表した、世界の日本人学校の「特別支援教育の実態」に関する調査によると、特別支援教育コーディネーターやスクールカウンセラーが「どちらもいない」と答えた学校は全体の50.6%。近隣で連携している専門機関や医療機関が「ない」と答えたのは77.4%だった。
トレハンさんは各国の日本人学校や日本大使館、外務省や文科省にも、無料の相談支援をしていることを知らせた。「宗教ですか?」と怪しまれたこともある。でも先日、「教員を助けてもらうこともできますか」と、東南アジアのある国の日本人学校の校長が連絡をくれた。発達障害などをもつ子どもたちにどう接し、どんな指導や家族への支援をすればよいか、学校を訪ねて先生たちに直接話をすることになったのだ。「本当にうれしかった!」
私の場合は、海外に暮らし、子どものおかげで思がけない人と友だちになれたことがたくさんあった。だがトレハンさんが接した、発達に特徴がある子どもをもつ家庭の中には、小さな日本人コミュニティーの中で、居場所を見つけるのに苦労している人もいたという。なんとか支えられないだろうか、近くにいる人も遠くにいる人も。”