“読書というのは不思議な行為で、 アダプターもコンセントも必要としないし、 道具も不要、空間の消費はほんの少し。 生まれつき怠け者の私には最高の娯楽である。 しかも、この娯楽の面白いところは、徹底的に個人的で、 しかも極めて能動的であるということだ。 電車の中で分かる通り、なぜか人は目で追っている活字を 他人に一緒に追われるのを非常に嫌がる。 また、自分で本の表紙を開けて一字一字目で追っていくという動作をしなければ、 どんな大量の書物を持っていたとしても、読書という行為が永遠にスタートすることはない。 世

“読書というのは不思議な行為で、 アダプターもコンセントも必要としないし、 道具も不要、空間の消費はほんの少し。 生まれつき怠け者の私には最高の娯楽である。 しかも、この娯楽の面白いところは、徹底的に個人的で、 しかも極めて能動的であるということだ。 電車の中で分かる通り、なぜか人は目で追っている活字を 他人に一緒に追われるのを非常に嫌がる。 また、自分で本の表紙を開けて一字一字目で追っていくという動作をしなければ、 どんな大量の書物を持っていたとしても、読書という行為が永遠にスタートすることはない。 世の中はますますビジュアル化が進み。 ビジネスも人生も生活も、全てがリアルなゲームソフトとなっていく。 今ほど、物語が絨毯爆撃のように隅から隅まで貪欲に消費されている時代はないだろう。 その一方で、現代ほど物語がつまらなくなっている時代も。 人々はもっともっと物語を求め続け、片っ端から食い尽くす。 ひたすら食べるだけで、食べれば食べるほど飢えは増す。 過食症と同じで、食べるという行為自体に目的を見つけてしまうからだ。”
— 「小説以外」 恩田陸