愛着不全の物語

1.
精神分析理論に顕著であるが、心理主義的解釈では必然的に過去に遡ることになる。アタッチメントの話も当然その筋である。
2.
悲劇のヒーロー物語としてすぐに思い浮かぶのは巨人の星の星飛雄馬とあしたのジョーの矢吹丈である。どちらも欠損家庭からの成り上がりものである。一方で、花形満という満たされた愛着の人生を送る者もいる。原作者である梶原一騎の頭の中では、悲劇のヒーローは欠損過程で育ち、愛着の不全を経験し、尖った人生を送るのだと考えられていたのであろう。
3.
星飛雄馬の家庭は母親が不在、姉がいる。父は癒やされないトラウマを抱え、星飛雄馬の人生のシナリオを描く。巨人の星は父、星一徹のトラウマが主人公とも言える。父のシナリオのとおりに息子の人生は進行する。心理学的に言えば、「原因」が明白にある。
4.
息子が父と対決するのはエディプスの構図であるが、星飛雄馬の場合は、母親が不在で、姉がその位置に来るが、物語では強くは描かれていない。父と子の対決は、何を求めてか不明であり、何のためか、不明である。不在の母はただ欠損として放置されている。そして、ライバルである花形満と姉が結ばれる。この部分はエディプスの変形である。そして、何もかも恵まれた花形満は最終的な勝利者となる。これは強い悲劇である。
5.
父子の対決は、あるスポーツ界で囁かれてきた。チャンピオンの長男と次男がスポーツ界に入り、次男は強いチャンピオンになり父を超える。父を超えて帰還するとき出迎えたのは母親であり、それはエディプスの物語の成就の瞬間である。
しかし巷間噂されるところでは、次男は、父のライバルであり強いチャンピオンであった男の息子である可能性があるという。その場合は、父子の対決は、別の要素を帯びる。変形されたエディプスの物語である。想像するのも辛い物語である。しかしそこに強いエネルギーが生まれる。最初から悲劇を生きる人間の物語である。
6.
十分な愛着を生きてきた人間は獰猛になれないし執念深くもなれないのだろう。平家物語の平家一族の運命も同じである。
しかしまた、物語を享受する立場から言えば、ヒーローが、不幸な生い立ちを持っていることで、ヒーローの巨大なエネルギーを肯定できるようになるのではないか。そうでなければ、絵空事と感じるのだろう。