ぴったりくる言葉を探し続ける

セラピーとはまさにそのような営みだなあと思う。「言葉にならない」という思いや感情を、それでもなお「こんな感じ?」「あんな感じ?」とぴったりくる言葉を探し続ける。そのうち自らを探り、語る言葉を見つけていく作業。見つかれば見つかるほどに回復していく。
しかしそのときに本や治療者の言葉に洗脳されて引きずられてしまうわけです。
そこが無難しいのだと昔からの議論。
自分で一つずつ発見し納得していくのなら、それが一番いいけれども。
しかしそうでないこともあり。