映画「ダメージ」

映画「ダメージ」 映画紹介の文章を継ぎ合わせて合成

「あなたと会えるからあなたの息子と結婚するのよ。」と囁かれ、息子の恋人と恋に落ちて破滅する政治家の話
舞台は、イギリスです。主人公は、ある省庁のトップです。議会工作もテレビ出演も、クールなマスクでソツなくこなします。首相の覚えも良く、大臣の椅子を打診されます。そんな男が、ヒロインと出会います。ヒロインは、息子の婚約者でした。男とヒロインは、できちゃいます。できちゃう過程の説明はありません。と言いますか、説明も何もあったもんじゃありません。2人が見つめ合います。ヒロインが電話をかけます。男が「住所を。1時間で行く」と言います。ベッドインです。ヒロインは言います。
「いいこと。ダメージを負った人間は危険よ。必ず生き残る」
 映画では、ヒロインの物語が語られていきます。引越しばかりの家庭、4回も結婚した母、自殺した兄。ヒロインのダメージは、このへんにあるようでした。ヒロインは、心に傷を負っています。それゆえに、男を骨抜きにする魔性のオーラを放ちます。このへんのメカニズムは、言葉では説明できません。スクリーンの中の女優さんも、背筋が凍るほどの哀愁です。
 一方、「ダメージ」では、男の物語は語られません。家族との関係から、男の人生が垣間見れる程度です。母親には何でも話す息子は、父親には、どこか距離を置いています。しかし、彼なりに大人としての責任をはたしています。専業主婦で、慈善事業にも精を出す妻にとっては、男は満点パパのようでした。
 ヒロインが男の家に招待される場面がありました。息子の恋人として、ヒロインは招かれました。息子が言います。
「さざ波も立てられないほど、きちんと整った家庭も不自然だ。僕なりの意見だけど」
 「家庭は基盤よ」とヒロインがたしなめます。「基盤は大事だけど、他のモノも必要だ」と息子が返します。「たとえば」と男が問いかけます。「暖かさ。情熱」と息子は答えます。「母親の責任ね」と母親が自分が悪者になって場を取り持ちます。
「違うよ。強いて言うなら、パパだ」
 男は、ヒロインを強く求めます。ヒロインも、男を受け入れます。同時に、ヒロインと息子の結婚話が進みます。
 ヒロインの母親が登場する場面がありました。結婚式の打ち合わせを兼ねた会食です。ヒロインの母親は、4回も結婚しただけあって、まっ黄色のドレスを着ています。大きなブローチが、キラキラ光ります。控えめな(と言うか常識を持ち合わせている)家族を前に、一人でしゃべっています。そのうちに、とんでもないことを口にしました。
「ショックでしたわ。マーティンにお会いした瞬間にね。アンナの兄に生き写しで」
 自殺したヒロインの兄が、息子とそっくりだと言います。ヒロインは、絶望を浮かべます。家族は、凍りつきます。しかし、ヒロインの母親は、ただものではありません。一般常識はなくても、ヒロインと同じく魔性の女です。省庁の車で送ってもらうときに、男に言います。
「これでやっと娘も幸せに。マーティンと新しい人生を歩めるわ。それを邪魔されては困るの」
「おっしゃってることが、わかりませんが」
「おわかりよ。食事の間中、あなたは娘を一度も見なかった。どうか身を引いて」
 男が、凍りつきました。
 このセリフを聞いたときに、私は、この地上は2つの世界が重なり合ってできているのだと思いました。暗闇に突入する特殊部隊は、目にⅩ線スコープをつけています。特殊部隊には、暗闇の中に何があるのかが見えます。魔性のオーラは、Ⅹ線スコープだと思いました。魔性のオーラをまとう人間には、普通の世界に住む人間には見えないものが、見えてしまうのだと思いました。普通の人間に見える世界と、魔性をまとった人間しか見ることができない世界。そんな2つの世界が重なり合って、この世はできているのだと思いました。ヒロインの母親は、「あなたたち、魔界に足を踏み入れるつもり?」、なーんて言いたかったのかもしれません。
 ストーリーは、このあとに、劇的な展開をします。ヒロインは、魔性の女ぶりを発揮します。男も、一瞬だけ、魔性のオーラをまといます。妻の目をとおして、そんな場面が描写されました。「ダメージ」では、最後まで男の物語は語られません。しかし、ラストシーンを見て思いました。この男、魔界に足を踏み入れたくなってしまったのではないだろうかと。
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国会議員のスティーブン(ジェレミー・アイアンズ)は次期大臣に予定される派閥の重鎮だ。医師であったが政治家の家系である妻の実家から要請され政界入りした変わり種だ。なにごとも波風立てず、しかも彼の思う通りに事を進める静かな支配力が注目されており、しかも「トップにたつのが嫌いな性格」であるため、かえって要職についているという逸材である。スティーブンはパーティーで息子の恋人であるアンナに紹介される。アンナも彼もひと目で足を踏み外す。翌日スティーブンのオフィスに電話がある。「アンナよ」「住所は」それだけで会話は終わる。ルイ・マルの導入はここから「待ったなし」。国際会議も抜け出し、執務も放り出し、スティーブンはアンナのあとを追う。出張先のパリの教会の扉の影でことに及んだときは、さすがに「正気の沙汰ではない」と自問自答するがその舌の根も乾かぬうちにアンナのもとに駆けつけ、さいなむように歓びを交わす。その没入ぶりに「女とこんなことするの、初めてなのね」(かわいそうに)とアンナはいわんばかりだ
スティーブンがこんな関係はいやだ、妻と離婚するというと冷たくみすえ「そんなことしたらあなたは一生息子を失い、妻との生活も破壊されるわ。毎朝わたしといっしょに朝食を食べ新聞を読むの? 離婚してなにを得る?」「君だよ、君を得るのだ」「もう手にいれているわ。あなたといっしょにいたいから息子と結婚するのよ」ニコリともせずこんなことをいう女って「こりゃ自分の手にあまるわ」とスティーブンは遅ればせとはいえ、この段階で気づくべきでしたね。
結婚式の準備が整い、アンナとの別れを決意したスティーヴンは失意の底にいたが、アンナがロンドンに借りたアパートの鍵を
送ってきた。アンナはマーティンと結婚してもスティーヴンとは別れたくないと言う。「あなたと会えるからあなたの息子と結婚するのよ。」アパートで密会した二人は激しく愛し合うが、マーティンに目撃されてしまい、激しいショックを受けたマーティンは、階段を踏みはずし墜落死してしまう。
階段から落ちて死亡した息子を追ってジェレミー・アイアンズ一糸纏わぬ姿で駆け寄りますが、きちんと外出着に着替えたジュリエット・ビノシュは現場を一瞥すると放心した様子で通り過ぎて外へ出ていったのです。 そこで刑事がジェレミー・アイアンズの問いかけます。 「本当に息子さんはあなた方の不倫を知らなかったのですか?」 
アンナと別れ、妻も去っていったスティーヴンは、孤独な余生を送ることを強いられるのだった。
なにもかも失ったスティーブンが(奥さんからは、なぜバレタとき自殺しなかったの、というものすごい言葉を浴びせられる)田舎の片隅でほそぼそと一人住まいしながら、狭いキッチンで(狭いながら整頓されているのが男の性格とひとり暮らしに慣れた年月を現す)食事の支度をしている。彼のモノローグ「人間とは一体何なのか。だれに理解できよう。その謎の糸口に思えるので人は愛にすがる。最後はなにもかも虚しい。彼女はその後一度だけ見たことがある。空港の乗り換えロビーだった。彼女は気づかず男といっしょで子供を抱いていた。ごく普通の女だった」激しい愛欲の内容にもかかわらずこの映画全体に調和と静けさがあります。妻に自殺すればよかったのに、とまでいわれた主人公はでも自殺せず、世の中から消えてひっそりと生きています。ルイ・マルは主人公を生かしたかったのです。スティーブンの部屋にただよう不思議な明るさは「なにもかも虚しい」という到達点を得たルイ・マルの内観が、決して暗いものでなく、だれにでも一条の光がさしこむ場所が人生にはあり、そこに身をおいた平安を示すようです。